貯金を趣味に!

貯金を趣味にできたらいいなぁ

考えることから逃げない暮らし

f:id:jgg1:20160929122754j:image

 

 

私は随分長いこと

考えることから逃げて暮らしてきました。

 

考えるとは向き合うということと置き換えてもいいかもしれません。

 

 

 

考えられるはずなのに

考えるべきなのに

 

 

当たり前のことならば余計に考えることをしないできました。

 

 

例えば

 

人生はそう長くないこと

いつかは愛する人を亡くすかもしれないこと

お金はいつまでも稼げるわけじゃないこと

夜は眠くなること

元気なことは嬉しいということ

必ず明日はこないかもしれないこと

1日は24時間であること

必ずお腹は減ってしまうこと

部屋は綺麗な方が気持ちがいいこと

食べ物は無限ではないこと

子供はすぐに成長してしまうこと

どうしても年はとること

 

などなど。

 

多分どれも、

 

うん、そうだろうね。

と思うことだと思います。

 

 

は?

と思うような当たり前のことを考えないでいました。

 

 

せっかく脳で考えられる人として生まれてきたのに

当たり前すぎて

当たり前だから考えない向き合わない

 

生きているうちに

こういうことを考えるのは

とても大事なことだと思う。

 

毎日1分1秒を惜しむように忙しくしているより

ふと

考える

 

そういう生活の方が私にはあっている。

 

 

 

きっと私は忙しい生活をしてしまうと疲れ果てて

その疲れたことを誰かのせいにしたくなる。

誰かのせいにして言い訳してイライラして

八つ当たりして

それでも生活をこなせなくて

泣き叫びたくなる。

 

何がしたかったんだっけ?

どう暮らしたかったんだっけ?

自問自答を繰り返す。

そんなことをしてると考えようとすることもなく

時間は過ぎていく。

 

だって考える暇なかったもん!

それもまた、誰かのせいにしようとする。

 

手に取るように想像できます。

 

それよりも、やっぱり。

じっくり考える。

向き合う。

の方が自分には合ってる。

 

考えている時は何もしていません。

この、

何もしていないように見える時間を

無駄で、効率が悪いと思うのか

有意義であると思うのかは

個人の問題だと思います。

 

それを踏まえて、

私にはふと考える時間がある生活の方が

性分にあっている、

自分には有意義だと思うのです。

 

そして

考えれば考えるほど

 

洗濯をしながら家族のことを考え、

ご飯を作りながら毎日のことを考える、

誰も気づかないような場所を掃除しながら次はあそこを掃除しようと考える、

 

この生活が幸せでなりません。

 

 

我が家は世間一般で見れば

貧困家庭かもしれません。

 

でも、心は貧困じゃない。

むしろ

幸せです。

 

だからこの生活スタイルを選んでいる。

 

毎日に感謝。

家族に感謝。

 

 

 

今日も私は掃除をしています。

 

 

 

 

 

スポンサーリンク
にほんブログ村